インスリン分泌不足の悪循環

2023年5月31日

前回の記事では、β細胞が高脂肪環境に晒されるとインスリンの分泌不全を招いたり、膵島に炎症が起き、β細胞のアポトーシス(死滅)を引き起こしたりすることを説明しました。


「β細胞が高脂肪環境に晒される」というのは、要するに血中の遊離脂肪酸濃度が上昇し、β細胞が慢性的に高脂肪環境になるということです。
血中の遊離脂肪酸濃度が上昇するというのは、普段の我々の身体でも起こっています。


例えば、食後には食事由来の脂肪摂取により血中の遊離脂肪酸濃度は一時的に上昇しますし、運動直後には血中の遊離脂肪酸濃度は上昇します。


これらの場合は普通に誰にでも起きることで、食後の上昇はインスリンの分泌により速やかに脂肪に合成・蓄積され血中の遊離脂肪酸濃度は下降しますし、運動中または運動後の場合、エネルギー産生に使われます。


問題は、イレギュラーなケース、例えば脂肪の過多(とりわけ内臓脂肪)により、血中の遊離脂肪酸濃度は上昇します。
内臓脂肪というのは、皮下脂肪と比べて交感神経刺激に対する脂肪分解反応が強いため、より多くの遊離脂肪酸を血中に放出します。


もう一つは、脂肪(飽和脂肪酸)の過剰摂取です。

当然のことながら、脂肪を多く摂取すれば一時的に遊離脂肪酸は増えますが、健常者であればインスリンが分泌され、速やかに脂肪に合成されます。
ですから、普通なら、食後は逆に血中の遊離脂肪酸濃度は下がります。


ところが、糖尿病であったり糖質制限を行っているとインスリン分泌が低いので、食後の遊離脂肪酸濃度はなかなか下がりません。
糖尿病患者が高血糖になるのと同じ理屈です。


つまり、毎回食事をする度に身体は長時間遊離脂肪酸に晒されることになります。


インスリン分泌が少なくなればなるほど、β細胞はそれなりに縮小する

人間の身体というのは、ほとんどの器官において、使わなければ機能が低下して行ったり、縮小して行ったりします。
(廃用性委縮と言います。)


最も顕著なのは、筋肉や骨ですが、心肺機能も使わなければ低下しますし、一定の温度だけで過ごしていると発汗機能ですら低下します。


ほんじゃぁ、膵臓は使わないと機能が低下したり、縮小したりしないのでしょうか?


つまり、インスリンの追加分泌をしないままの状態を続けて行ったら、β細胞はインスリンの追加分泌ができなくなってしまうことはないのでしょうか?


実は、それに似たことは起こります。


そもそも糖尿病患者のβ細胞が委縮して行くのは、正にそれが原因で悪循環になっています。


分泌された物質が、分泌した細胞自身に作用することをオートクリンとかオートクラインと言うのですが、β細胞は、このオートクラインによって機能や増殖が調節されています。


要するに、β細胞から分泌されたインスリンは、β細胞自身のインスリン受容体に結合し、下流のインスリンシグナルを通じて、β細胞自身の機能や増殖を調節しているのです。


【参考記事:】

Class IA Phosphatidylinositol 3-Kinase in Pancreatic b Cells Controls Insulin Secretion by Multiple Mechanisms.


糖尿病では、糖新生が亢進する

ヒトは高血糖ですぐに死亡することはありませんが、低血糖になると速攻で死に至ります。


したがって、我々の身体の低血糖に対するバックアップシステムは何重にもなっており、ひとたび身体が低血糖を感知すると、ありとあらゆる手段を使ってこれを回避しようとします。


肝臓が糖不足を感知すると、タンパク質等から糖を自前で作り出すことを糖新生と言います。


すい臓のα細胞から分泌されるグルカゴンも糖新生を促すホルモンの一種です。


特定の細胞から分泌される物質が、血液中を通らずに、その細胞の周辺で局所的な作用を発揮することを傍分泌とか、パラクリンシグナリングと言います。


すい臓のα細胞は、β細胞によるインスリン分泌のパラクリン効果によって、グルカゴンの分泌を調節しています。


つまり、インスリン分泌が低下すると、それをα細胞が感知し、グルカゴンを放出するという仕組みです。
(グルカゴンは脂肪細胞においては、脂肪分解を促進して遊離脂肪酸の放出を増加させます。)


インスリン分泌の低下というのは、当然分泌が低下している訳ですから、それ自体がβ細胞の働きを弱めα細胞の働きを活発にするということです。


この状態が慢性的に続いて行くと、何が起こるのでしょうか?


先ほど、β細胞は自身の分泌したインスリンによって自己の機能や増殖を調節している、と説明しました。


インスリンがβ細胞自身のインスリン受容体と結合すると、PI3キナーゼ、Pdk1、Aktと順番にシグナルが伝達され、Aktによるリン酸化を介して最終的にFoxO1の転写活性が制御されています。


インスリンの分泌が低下すると、下流のインスリン・シグナル伝達を通じてのFoxO1の転写活性が低下します。


実は、このFoxO1が働かなくなると、β細胞は脱分化しα細胞に変化し、インスリンを分泌するのではなく、グルカゴンを分泌するようになるのです。


実際、糖尿病患者のβ細胞は脱分化してα細胞になり、結果としてβ細胞は縮小し、α細胞が増大していたりします。


これは考えようによっては、使わないβ細胞は縮小し、よく使うα細胞は増大する訳ですから、理にはかなっています。


しかしながら、皮肉にも慢性的にインスリンの分泌が低下して行く糖尿病患者は、益々インスリンの分泌が低下して行くという悪循環に陥ります。


【参考記事:】

Pancreatic β Cell Dedifferentiation as a Mechanism of Diabetic β Cell Failure


群馬大学 生体調節研究所 代謝シグナル研究展開センター インスリンシグナルとFoxO1


グルカゴン分泌の分子機構



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