インスリンの分泌不全、インスリンの分泌不足というのは、読んで字の如く、すい臓からのインスリン分泌が少なくなって行くことで、インスリン抵抗性よりも厄介です。
結局は、これが進行して行くことが「糖尿病は進行性の病気」であることなのです。
インスリンは、すい臓のβ細胞から分泌されますが、糖尿病患者の場合、このβ細胞の機能不全が進行して行き、アポトーシス(細胞死)が増え、結果β細胞が委縮し、インスリンの分泌が不足、ますます糖尿病が悪化、という悪循環になります。
一般的に「糖尿病は完治できない」と言われる理由の一つです。
しかしながら、この問題はそう単純ではありません。
まずは、我々の身体、あるいは臓器(筋肉や脂肪等、何でも良い)が、委縮する(小さくなって行く)時のメカニズムを考えてみる必要があります。
我々の身体が一定の大きさを保っている時というのは、身体の同化と異化のバランス(あるいは合成と分解)が釣り合っている時です。
一方が亢進し出すと、身体の大きさは変わります。
例えば、筋肉の同化が筋肉の異化を上回れば筋肉は大きく成り、逆なら小さくなります。
身体は、すべてこのバランスで大きくなったり小さくなったりします。
一方(同化や合成)が完全に停止すると、あっという間になくなってしまいます。
当然のことながら、すい臓のβ細胞も同様で、小さくなって行く(委縮する)時は、分解が合成(増殖)を上回っています。
増殖が完全に停止していたら、β細胞の様な小さなものはあっという間になくなります。
それ故に、β細胞の委縮というのは徐々に進行して行きますから、糖尿病を患っても自覚症状のないまま過ごしてしまいがちですが、実際にはβ細胞の委縮は日々進行していきます。
糖尿病におけるβ細胞機能不全とβ細胞死の増加
米国糖尿病学会の学会誌に掲載された記事で、2型糖尿病患者のすい臓のβ細胞がどの様に委縮して行くかを説明した論文があります。
【参考記事:】
β-Cell Deficit and Increased β-Cell Apoptosis in Humans With Type 2 Diabetes
この論文では、実際に124人のヒトのすい臓を調べ、
肥満型の非糖尿病被験者と2型糖尿病被験者、痩せ型の非糖尿病被験者と2型糖尿病被験者との間にβ細胞の複製頻度に有意差はなかった。
つまり、糖尿病患者においてβ細胞の増殖能力自体が損なわれている訳ではないと言っています。
では何故、糖尿病患者のβ細胞は委縮して行くのか?
2型糖尿病の肥満症例ではアポトーシスの頻度は約3倍に増加し、 痩せ型の症例では、対照群に対して10倍増加した。
簡単に言えば、β細胞の増殖能力自体が損なわれている訳ではないものの、β細胞の死滅(アポトーシス)が亢進しているので、再生が追い付かないということです。
論文の結論では、
肥満型および痩せ型の2型糖尿病患者では、相対的なβ細胞量が同年齢および同体重に相当する非糖尿病者と比較して減少する。
空腹時高血糖を有するヒトでは相対的なβ細胞量が減少しており、これが初期のプロセスであり、2型糖尿病の発症において機構的に重要であることが示唆される。
β細胞量の減少のメカニズムは、β細胞のアポトーシスの頻度の増加に帰するが、新しい島の形成の速度は影響を受けないと考えられる。
したがって、2型糖尿病の予防は、β細胞アポトーシスの頻度の増加を避ける戦略が最も合理的であるということである。
また、2型糖尿病の人では、この3倍から10倍に増加したアポトーシス速度の阻害は、膵島新生が損なわれていないので、β細胞量の回復につながる可能性がある。
と、結んでいます。
要するに「β細胞のアポトーシス(死滅)を阻害すれば、β細胞は正常に増殖する(インスリン不足の解消)。」と言っているのと同じで、この論文も私の糖尿病治療法において大いに参考になりました。
インスリン分泌不全の原因
インスリンの分泌不全というのは、主にβ細胞自体のインスリン分泌能が低下する場合と、β細胞の細胞死による委縮による場合があり、作用は違いますがどちらも原因は同じ様なものです。
まず、β細胞のインスリン分泌能が低下する場合というのは、
研究者は、β細胞が高脂肪環境に晒されると、FOXA2およびHNF1Aという2つの重要な転写因子を妨害することを発見しました。
これらの転写因子の発現が低下すると、GnT-4a(グリコシルトランスフェラーゼ4a)と呼ばれる酵素の産生が低下します。
このGnT-4aの発現が低下すると、β細胞は血中の糖を感知して応答することができないことが解りました。
通常、β細胞は、 細胞膜に固定されたグルコーストランスポーター(Glut2)を用いて血流の糖をモニターしています。
食後、血糖が高くなると、β細胞はこの追加のグルコースを取り込み、インスリンを分泌することによって応答します。
ところが、 細胞膜におけるグルコーストランスポーター(Glut2)の適切な保持は、GnT-4aの働き(特定のglycan構造を有するタンパク質を修飾する)に依存しているので、GnT-4aの発現が低下すると、β細胞はGlut2を細胞膜に保持できず、糖を取り込めなくなり、結果、インスリンの分泌ができなくなる訳です。
【参考記事:】
Scientists show how fatty diets cause diabetes
Pathway to diabetes through attenuation of pancreatic beta cell glycosylation and glucose transport
次に、β細胞のアポトーシス(死滅)による委縮の場合は、
β細胞が高脂肪環境に晒されると、とりわけ飽和脂肪酸であるパルミチン酸は、TLR4という細胞表面にある受容体タンパク質であるToll様受容体の一種を活性化します。
TLR4は、TLR4-Myd88というシグナル伝達経路を介し、サイトカインの一種であるケモカインを産生し、細胞から放出され、M1型マクロファージを膵島に呼び込みます。
M1型マクロファージは、インターロイキン1βやTNFαといった炎症性サイトカインを分泌し、膵島に炎症を引き起こし、β細胞の機能障害をもたらします。
そして、この炎症性サイトカインが更にケモカインの分泌を促進し、膵島の炎症は更に悪化するという悪循環になります。
この炎症により、β細胞のアポトーシス(死滅)が進んで行くことになります。
【参考記事:】
Saturated Fatty Acid and TLR Signaling Link β Cell Dysfunction and Islet Inflammation
結局、どちらもβ細胞が高脂肪環境に晒されると起こる訳なのです。